
長かった夏が過ぎ、秋の空気が広がってきました。
季節の変わり目です。お体の調子を崩しやすいそうです。お元気でしょうか?
初めましての方も見えるかもしれません。
少林寺拳法、愛知大府道院の道院長、山口潤と申します。
少林寺拳法に興味を持っていただき、このサイトに訪れていただき、
ありがとうございます。
この機会に、ぜひ、少林寺拳法に興味を持っていただき、
ぜひ、自分の体と心の強さに気づいて、毎日を強く、
楽しく生きることができる事を知ってください。
インターネットの世界は今、
私達が暮らしているこの場所の制限を取っ払ってしまいました。
これを読んでくれている、あなたはどこからアクセスしているんでしょうか?
私は愛知県の名古屋市、そしてその横で道場を開き、運営しています。
もしかしたら、全然違う場所だから関係ないわ、と思われたかもしれません。
でも、もう少し、ちょっとだけ、お付き合いしてくれると嬉しいです。
少林寺拳法はきっと、あなたの住んでいる場所にもあるはずです。
日本で最大クラスの武道団体ですからね。
名前ぐらいは知っているかもしれません。
もしかしたら中国の少林寺と一緒、と思われているかもしれません。
実は、日本生まれだったり、単なる武道団体ではなく、
財団法人、宗教法人、学校法人を持つ、総合的な団体なのです。知ってましたか?
この大きな組織は1947年、
宗道臣(そうどうしん)という一人の日本人が創始しました。
創始当初、5畳半の道場からスタートした活動が、
現在では30を超える国、延べで140万人を超える多くの人たちに広がっていきました。
私がはじめたきっかけは父の影響です。
父がこの愛知大府道院の道院長でした。
ものごころつく前から、胴衣を着て、道場を走り回っていたそうです。
自然と、子供の頃の教育方針は少林寺拳法の教えになっていました(笑)。
ここで、簡単に少林寺拳法の教えについてお話をさせてください。
少林寺拳法は単純に勝敗を争うものではありません。
しかしながら、毎年、日本武道館や各地の大きな体育館で
同じ道を進む仲間が集まって、大会をし、日頃の成果を競い合ってもいます。
その時に競い合うものが「演武」というモノです。
演武は知らない者同士が戦い、相手を倒すものではなく、
毎日、同じ仲間と同じ技をひたすら稽古する事によって、
そこに本物以上の真剣さを求めて、高めあい、それを表演するものです。
決められた技ですから、最近のスポーツや格闘技を知っている人ならば、
なんだ、つまんない、と思われるかもしれません。
でも、それはちょっと誤解があります。
簡単に言えば、「少林寺拳法の教えは
「自己確立」と「自他共楽」という言葉で表されます。
開祖は「半ばは自己の幸せを、半ばは他人の幸せを」という言葉を残してくれました。
幼い頃の私は半分ぐらいは相手の事を考えられる人になれよ、
という風に教えられて育ちました。
少林寺拳法の面白いところは、全部を相手に渡すわけではないんです。
まず、自分が強くなくっちゃ、人のことなんて世話できないだろ?と教えます。
特に、一人一人が自分で身を守らなければいけなかった時代に始まったものです。
口先だけで良い事を言ったとしても、それで幸せはやってきません。
ちゃんと自分を守る強さが必要だったはずです。
まず、自分が強くなる。そして、大切な人を優しく受け入れる。
それは単なる勝負の中では成り立ちにくいものです。
オリンピックやプロスポーツの世界で活躍したスターが晩年
、輝きをなくす事を目にすると、開祖の言われていた事が正しかったのだな、と思えます。
演武では相手の動きにあわせなくてはいけません。
自分よりも弱い相手だからと言って、暴れてしまえば、演武がなりたたないのです。
自然と、相手を思い、自分がどう動けば良いのか、という事を学ぶ事が出来ます。
私自身が子供の頃からこの少林寺拳法をしてきたから、という事もありますが、
子供達にとっては最適な教育方法になると思います。手前味噌ですけど(笑)。
その理由はこうです。
スポーツのように、決められたルールの下で勝敗を決める事をしてしまえば、
最後に勝ちを得るのはたった一人です。
もちろん、その一人になれば嬉しいかも知れません。
一生懸命練習した結果、優勝できた、これはとっても嬉しい事であり、
褒めてあげたくなる事です。
しかし、その一人になれなかった場合はどうなんでしょうか?
私自身がスポーツや勉強、その他いろいろな事で能力を発揮できずに、
学校の生活の中では自分の出来の悪さを感じて大きくなりました。
それでも今、そのたくさんのコンプレックスから飛び出すことができたのは、
少林寺拳法を通じて、身体の事、心の事を学ぶ事が出来たからです。
子供の頃には難しい教えでした。道場訓として、
毎日練習前に唱えてはいても、一体なんだろう?と意味もわかりませんでした。
でも、その繰り返しが心の奥へと入っていたんですね。
先ほどいった、まずは自分が強くなる、
そして強くなったら相手の事も受け入れてやるという事です。
そして、自分と言う存在はそれに値する素晴らしい存在なんだよ、
という事を教えとして、学ぶ事ができたからこそ、現代のように大人ですら、
なにを信じて良いか分からない時代にあっても、
しっかり、自分を見続けて、生きていくことができるようになりました。
お子さんになにかを習わせたい、と思ってココにたどり着いたのでしょうか?
もしくはご自身がもっと、強く、優しくなりたいと思ってこられたのでしょうか?
少林寺拳法はいくつから始めてもちゃんと、
自分の強さと優しさを感じられるようにできています。
もちろん、実際に道場に出向かれて、見学をして、そこの先生を良くみられて、
楽しそうだ、と感じてからでないとダメですが、中心となる、
教えは世界中、どこに行っても同じものです。
人にはタイプがあって、なにかをしようと思っても
実際に行動が出来るのは2割だけだといいます。
何かがしたくても、結局行動する事ができないそうです。
どんなに立派な教え、方法でもなかなかうまく行きませんよね。
(ダイエットや語学なんかはそんな感じです。)
しかし、武道は行動しなければ殺される、という状況の下、作り出されています。
誰でも、その場がどうなっているかを感じる事ができれば、
「動く」事ができるようになります。
この瞬間もそうです。
きっと少林寺拳法にはなにかある・・・と思われたからこそ、
こんなに長いお手紙を読んでくれたと思います。
今、きっと、リスクとメリットがせめぎあって、行動するのか、
やめてこれまでどおりを過ごすのかを決めようとしているんだと思います。
いくつになってもワクワク感を感じたい、と思っているなら、
ぜひ、今すぐ、試してみてください一生懸命伝えさせていただきますからね。
今、感じている事を書かせていただきました。
ご縁ができる事を期待しています。
ありがとうございました。
もし、お近くであれば、ぜひ、道場まで見学へいらしてください。
お申し込みは
こちらの見学の申込(自動受付)からどうぞ。
また、お電話でも結構です。
0120−026−682 または 0562−47−6682
少林寺拳法には「演武」という自己表現方法があります。
武道と言うとどうしても「試合」「勝負」というのが頭に浮かびます。もちろん武道ですから、強さを抜きに考える事は出来ませんが、試合を中心においてしまうと「心」が育たなくなってしまいます。
少林寺拳法にも大会はありますが、そこで行われるのは「演武」という形で競い合います。
この演武は単独、もしくは組をつくって、技の構成をきめます。その決めた技を何度も何度も繰り返して「一緒に」稽古します。
その成果を大会という場で発表するのです。
まずは下の動画をごらんください。百聞は一見に・・・です。

もっと演武を見たい方はこちら